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『賛美の力』使徒16:19~34 [礼拝メッセージ]

9月8日礼拝メッセージ(野口牧師先生)より
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 占いの女奴隷の中にいる悪霊を主の御名によって追い出したパウロとシラス。しかし、占いによって利益を得ることが出来なくなった女奴隷の主人たちは二人を訴え捕らえさせた。占いの霊によって悲惨な状況にある魂が救われたことよりも利益の方が大切だったのだ。真理より利益しか見えない人間の罪、弱さがそこにある。
 冤罪によって二人は捕らえられて何度もムチ打たれ、看守の厳重な監視の中で足枷をはめられ牢獄に入れられた。普通ならこんな状況に置かれたら怒り、暴言を吐かないだろうか。しかし二人は真夜中、獄中で神に祈りつつ賛美をしていた。祈りの中に表された主の恵み、みことばに裏打ちされた信仰、体験を通しての証しが祈りの言葉になった。みことばに従って歩むとき、そこに生きて働いておられる神さまに触れ湧き上がる感動が賛美となった。
 囚人たちは祈りと賛美に聞き入っていたが、神さまもパウロとシラスの祈りと賛美を聞いておられ、大地震という看守にとってのピンチを用い救いの道を開いてくださった。このことを通して看守とその家族が救われピリピの教会の一員として加えられたのだ。パウロとシラスが牢に入らなければ看守たちの救いは絶対になかっただろう。

 人間的にはこんな理不尽な事が…と思うことが起こったとしても人の願うところ、思うところを遥かに超えて神さまは大きな恵みを与えてくださる。逆境のとき私達を支えるものは何だろう。みことばや賛美ではないだろうか。自分を支えるみことばや賛美は試練のときの力であり、試練とともに脱出の道を備え、万事益に変えてくださる神さまがおられることを私たちは体験している。ここに私たちの希望がある。

淀川キリスト教病院のホスピス長であった柏木先生はご自分の著書の中で物事のプラスを見る力、目の重要性を記している。
 『あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。』ヨハネの福音書16:33と主は言われた。
 大変な状況に置かれたとき私たちがどのように対処し、プラスを見る力を持つことがポイントになる。万事益としてくださる主を信じ、祈りと賛美を力としてパウロやシラスのように忍耐強く日々歩んでゆこう。